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終活出品第五弾
終活の一環として当方自慢の刀剣&甲冑コレクションを手放しております。
『福岡一文字』在銘の太刀、『肥前国住藤原忠廣』の在銘刀、超稀有な『江間藤源次大夫國廣』の在銘刀、
『大和国手掻の名脇差』について、それぞれ高い評価を頂戴しありがとうございました。
今回、日本美術刀剣保存協会・銃砲刀剣研究会により、関の『兼定』と鑑定された短刀を出品致します。
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質問欄でメールアドレスをご連絡頂けたら、メール添付で画像を送らせて頂きます。
質問欄に個人情報を書き込んでも質問欄で返答致しませんので、非公開となります。
ご安心下さい。
オークション終了日の午後3時迄でしたら現物の下見も承ります。
神奈川県藤沢市の自宅玄関での応対になりますこと、ご承知ください。
【兼定】
鎌倉時代から現代まで、美濃国関(現在の岐阜県関市)における刃物業界では、数々の優れた刀剣職人達が輩出されてきました。
なかでも関鍛冶の名を全国に知らしめたとも言われるのが、兼定(特に2代・和泉守兼定)と兼元(2代・孫六兼元)の刀工群です。
今回、その兼定の短刀を出品致します。
日本美術刀剣保存協会・銃砲刀剣研究会ダブル鑑定書付
飛び焼き交じる乱れ丁子 匂い口締まり刃中明るい良作 出世が楽しみな一振り
寸法(約)
刃長/28.8cm
元幅/2.6cm
先幅/2.0cm
元重ね/0.6cm
先重ね/0.4cm
刀身重さ/165g
体配/ 平造り・庵棟
彫物/ 表裏棒樋
鋩子/ 地蔵から掃き掛け厚く返る
刃文/ 匂い口締まり飛び焼き交じる乱れ丁子
地鉄/ 小板目肌よく詰み小糠交じる
本短刀は、身幅、重ね頗る健全で研ぎ減り少なく、
地景を織りなした様な板目肌が絶妙に錬れて地沸が強く微塵につき、
焼刃は飛び焼き交じる丁子乱れ刃となり、
匂い深く小沸厚くつき冴え渡る均整のとれた白眉なる出来栄えの無疵完品となっています。
銘は『定』の一文字ですが、令和4年4月に銃砲刀剣研究会により、
また同年12月に日本美術刀剣保存協会より『兼定』と鑑定されています。
日刀保の鑑定についての説明は不必要でしょうが、銃砲刀剣研究会については若干の説明が必要かも知れません。
銃砲刀剣研究会鑑定書は、現在はどちらかと言うと一般向けの鑑定書ではなく、
業者市の出品者(刀剣商)が、市の参加者(こちらも刀剣商)向けに鑑定書をつけて競りに出すための鑑定書と言われています。
日刀保の鑑定は最短で6か月かかりますから、そんなに待っていたら刀剣商にとっても資金効率が悪くなります。
しかも、現在は保存の鑑定が付いている刀でも余程の著名刀工の作でもない限り、以前よりも高くなりません。
6か月待っても、期待した利益が出ない状態なので、のんびりした商売はできない状況です。
つまり、刀剣の仕入れ販売の回転率をあげないと赤字になってしまいます。
そのため日刀保と同等レベルの鑑定と言われており、数週間で鑑定結果が出る銃砲刀剣研究会でスクリーニングを受けて、
その鑑定書をつけて市に出す訳です。
銃砲刀剣研究会の現在の審査員の辻本真幸さんは、押し型オタク的な京都の骨董商で、
過去何千本と自分が扱った刀と比較して、日刀保特有の位列鑑定ではなく、
「これはどこのだれの刀か」と結構真面目に鑑定を出しておられるようです。
また同氏は日刀保京都府支部の副支部長も務めておられます。
因みに、私の知人も最近の銃砲刀剣研究会の鑑定付きの刀剣を十数振り日刀保の鑑定に出していますが、100%合格しています。
この短刀も銃砲刀剣研究会、日刀保ともに『兼定』と鑑定されています。
さて今回出品のこの『兼定』ですが、美濃国関~会津まで11代続いていますが、どの兼定でしょうか?
日刀保に確認したところ、会津の兼定ではなく、美濃国関の兼定とのことです。
※会津兼定は、関鍛冶3代兼定の子「古川清右衛門」(ふるかわきよえもん)が、
1556年(弘治2年)に、会津を治めた戦国大名「蘆名氏/芦名氏」(あしなし)の要請に応じて会津に移住したことに始まります。
美濃国関の兼定に間違いないが、代は特定出来ないとのことでした。
また銘が『定』の一文字になっていることについては、言及を避けられました。
美濃国関の『兼定』ですが、初代については不明な点が多く、関鍛冶の礎を築いた志津一派の流れであり、
赤坂(現在の岐阜県大垣市のあたり)に住んでいたなどの説があります。
初代・兼定は関七流の三阿弥兼則の子で、はじめは赤坂(現在の岐阜県大垣市)で作刀を行い、のちに関へと移住しました。
作風は京都物に似て上品で優しい姿をしており、そこに程よく小沸が付きます。
刃文は焼幅の狭く締まった直刃を焼き、部分的に小豆ほどの互の目を交えた作品が多いです。
姿や刃文については、関七流の善定兼吉によく似ていると伝わるものの、こちらには直刃のみで互の目は交じりません。
当初、初代兼定が美濃国における大和伝の拠点、赤坂で作刀していたからか、
他の関物と比べて大和伝特有の「柾目肌」(まさめはだ)が、鎬地(しのぎじ)や地鉄(じがね)に現れています。
こうした大和伝系美濃物の特色は初代・兼定以降の代でも表現されている特徴のひとつです。
銘は「兼定」、「濃州住兼定」などを切り、細い鏨(たがね)で銘字を打ったことから、繊細な字体となっています。
他の兼定と区別するため「親兼定」と呼ばれました。
2代兼定は初代・兼定の子で、通称「之定」と呼ばれる刀工です。
これは銘を切る際、「定」のウ冠下を「之」としたことから呼ばれるようになりました。
名を「吉右衛門尉」と言い、活躍時期は室町時代中期から後期にかけての1493年(明応2年)~1526年(大永6年)頃と言われています。
「之定」の銘は、明応年間の末頃から使用されはじめました。
そして2代兼定の刀剣は、反りが浅くやや先反り気味になります。身幅が広く、鋒/切先が少し伸びるところは相州伝風です。
匂本位で、活気のある「箱乱」(はこみだれ)や、「湾れ」(のたれ)、「矢筈乱」(やはずみだれ)などの刃文が見られます。
帽子(ぼうし)は、横手筋の下から乱れこみ、地蔵の横顔に似ていることに由来する「地蔵帽子」(じぞうぼうし)などが多いです。
また、一般的に関物の匂口は沈みがちになりますが、2代兼定はそうならず刃縁がはっきりとしています。
さらに地鉄には小板目肌に交じって柾目肌が現れるのも、兼定一門の特色です。
3代兼定は、2代兼定の子、または養子とされる人物です。
銘字「定」のウ冠下を「疋」(ひき)としたため「疋定」(ひきさだ)と呼び、初代や2代兼定と区別しました。
作風は、全体的に穏やかな姿をしています。箱乱や湾れ、矢筈乱を焼くものの、2代・兼定と比較すると優しい刃文です。
繰り返しますが、日刀保に確認しましたので、代は不明ですが関の『兼定』に間違いございません。
是非とも家宝として出世させてください。
格安スタートですのでノークレーム・ノーリターンでお願いします。
発送はヤマト運輸の着払いとさせて頂きます。
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(2026年 5月 4日 15時 17分 追加)どうやら出だし不調のようです。
あまりにも評価が低い場合はオークションを取り消しさせて頂くこともございます。
その節はご理解頂きたくお願い致します。