貼付写真は、平成16年(2004)に小学館から出版された
週刊名城をゆくシリーズ10号の「高知城」だが、発送するの
は、12年後に約半数にしぼってリクエスト復刊された隔週刊
名城ゆくシリーズ25号の同「高知城」である。まことに恐縮だ
が一からの出品の手間を省くために、再出品のツール活用
させて頂いた。
内容は、週刊も隔週刊もまったく名城をゆくシリーズ10号
同じである。全ページ・カラーグラビア仕立てとなっている。
城の規模、縄張り、築城秘話、ゆかりの武将の物語などの
さまざまな内容は、貼付写真の具体的な目次の詳細から御
想像して下さい。
山内一豊は、戦国尾張に生まれで、御存知、土佐藩の初
代藩主である。父は、岩倉織田氏の重臣・山内但馬守盛豊
であった。 一豊は、信長、秀吉、家康という戦国時代の三英
傑に仕え、この三人の天下人に巧みに取り入り時勢を乗り切
った司馬遼太郎の小説『功名が辻』にあるように、一豊の武
勇よりも妻・千代の〝内助の功〟、夫を世に出した妻の鏡と
して有名だ。妻のヘソクリで駿馬を買った話は白眉である。
関が原の合戦の前に、一豊は家康に付き、領地掛川6万石
を家康に返上。合戦後に、土佐24万石を与えられる。新たな
居城の高知城は、典型的な平山城で別名、鷹城という。
関ヶ原の合戦の翌年(慶長6年)に築城工事を始められた。
江戸期には、土佐藩の藩庁が置かれた。江戸時代に建造さ
れた天守や本丸御殿、追手門等が今も現存している。ちなみ
に、天守と本丸御殿が両方現存しているのは高知城のみで
ある。小生が訪れた時に、高知城の天守から眺めた景色は
格別であった。県庁の裏山にそびえているので、城全体が
よく整備されていた。武芸の殿堂の弘徳館は、今も城郭内に
県立武道館として存在していた。
本の状態は、個人所蔵の「美本」です。発送はゆうパケット
210円です。