同時多発テロ直後におこなわれたライヴ!
ティルソン・トーマスは、サンフランシスコ交響楽団が運営するレーベル《SFS Media》の第1弾となるレコーディングにマーラーの交響曲第6番を選びました。
これは2001年9月12日から15日にかけて行われた演奏をライヴ収録したものですが、その時期、とんでもない運命が待ちかまえていたのです。
日付を見るとお判りいただけるように、この録音は、テロリストがニューヨークの世界貿易センター、ワシントンのペンタゴン、それにペンシルヴェニアを攻撃した直後におこなわれているのです。
ニューヨーク・タイムズの第一面に "It's War(これは戦争だ!)"という見出しが掲げられ、CNNが貿易センター・ビル崩落の瞬間を繰り返し放送。
全米のすべての空港は一週間以上閉鎖―アメリカ全土が未曾有の混乱と悲嘆に包まれる中、マーラーの全交響曲中最も激しく、劇的なエネルギーが放出される第6番が演奏されたのです。
終楽章の、あのハンマーの一撃は、満場の聴衆の心にどう響いたのでしょうか。
「 ―― 演奏者たちがどういった感情で演奏に臨んだかは、容易に想像がつくだろう。このような条件下でマーラーの『悲劇的』が演奏されたのは、初めてのことである(Heuwell Tircuit ―― ヒューエル・タークイ。
サンフランシスコ在住、ティルソン・トーマスが南カリフォルニア大学の学生だった頃からの演奏を知るベテラン評論家)」。
そうした特別な社会情勢を背景にしているだけあって、演奏は、開始やや早めのテンポながら、第1楽章展開部などで聴かせる、
まるで踏みとどまろうとしているかのような重苦しさを全体に漂わせたもので、全楽章を通してテンポ変化はかなり激しくなっています。
特に第3楽章での弦、そしてそこに溶け込む管の美しさや、第4楽章での緊張感の高さは凄まじさを感じさせるものです。
悪夢のような現実が、演奏者と聴衆に大きな精神的影響を与えることは、避けがたいことだったのかもしれません。
録音も非常に優秀。ハンマーの音も強烈です。
弦は左から第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリン、そして左奥にコントラバスとなっており、ヴァイオリン両翼配置でのマーラーの面白さを極めて明快に体験できるほか、
ティルソン=トーマスの精緻を極めたスコア・リーディングによる、細部まで行き届いた指示を隅々まで拾った優秀録音となっています。
なお、ハンマーは左から聞こえてきます。
実測演奏時間は以下のとおりです(第1楽章呈示部反復は実行)。
24:21+13:55+17:19+31:11=86:46