
新書です。 きれいなほうです。
本書は、現代の「脱亜論」、
いや「脱特亜論」、「脱朝鮮論」の基本書。
古代から現代、そして将来も、朝鮮は変わらない。
それは半島の地理的条件と歴史から来るもので、 反日も歴史の必然である。
韓国・北朝鮮とは永遠にわかりあえない。
彼らはなぜ歴史を捏造し、被害者をよそおうのか。
それは、新羅、高麗、李氏朝鮮、韓国……と、
いまだかつて主体のある国家を持ったことがないからだ。
つまり朝鮮半島は、世界史の中の主役を一度も演じたことがなく、
国土はつねに周辺の強国のための“舞台"(シアター)だった。
今も昔も、強国にとって“パッシング"(無視)が基本である。
そこで彼らは、自分たちに都合のよい、
自分たちが主役を演じる歴史ファンタジーをつくり出した。
その残念すぎるメカニズムを二人の歴史学者が解明する。
●根深い反日
(246ページより)
宮脇「つまり、自分たちの気に入るような像で外から見られないことが
彼らの苛立ちなんです。しかも、自分たちで主体的に何かを動かしたり、
決めたりしていないということに対する苛立ちがあって、
だから、『歴史を変えたい』『昔のことを蒸し返す日本人なんて全部いなくなれば
いいのに、日本人がいるから思い出して不愉快だ』という気分になるのでしょう」
(124ページより)
倉山「日清交渉の過程で、明治六年に征韓論が起きます。
ほかのすべての国は将軍ではなく天皇が出てこいと言っているのに、
朝鮮だけが、天皇陛下の勅書を送ったら、「勅」の字に文句をつけるんです。
プロトコルが通じない。ウエストファリア体制以前の世界の人たちです」
●脱亜論の誤解
(151ページより)
宮脇「『脱亜入欧論』は戦後に日本の変なマスコミが流行らせた言葉です。
福沢諭吉は『入欧』なんて言っていません。純粋な『脱亜論』で、
シナや朝鮮と日本が同じだと思われたら日本のためにならない、
我々はもう縁を切って自分たちのことだけを考えようというものです。
いまだにそのとおりですよね」
倉山「正確に言うと、『脱特亜論』ですね。チャイナ、コリアだけですから。
ほかのアジアの諸国とは付き合います」