昭和36年(1961)に、東都書房から出版された日本推理小説
大系第4巻『木下宇陀児・浜尾四郎集』(初版)である。この全集の
格調の高さは、編集委員に江戸川乱歩・平野謙・荒正人・中島河太郎・
松本清張といった顔ぶれで窺い知ることができる。
本書に所収してある木下と浜尾の著作は、東京の古書店でも流通が
少ないものは、神田神保町の古書店街では「万円」を超える高値がつ
いている。古書の値段は、本の状態と稀少価値で決まっていることを
御存じか・・・・。
【目次 収録作品と解説】
●木下宇陀児
・『虚像』
・『悪女』
●浜尾四郎
・『殺人鬼』
・解説 中島河太郎
【著者紹介】
●木下宇陀児(1896~1966)は、本名・木下竜夫といい、長
野県出身の推理作家である。九州大学の工学部応用化学科を卒業した
知識が、彼の作品によい陰影を与えている。人生に無駄はないものだ。
当初、農商務省窒素研究所の勤めたが、同僚の春日技師(甲賀三郎)
に、推理小説やミステリー小説の醍醐味を大いに感化された。
よき刺激の甲賀のおかげて、二人は切磋琢磨し創作活動を始める。
処女作『金口の巻煙草』を、大正14年(1925)『新青年』に発
表した。5年後には文筆専業として独立。作風はトリックを駆使した
推理小説一辺倒ではなく、犯罪者の深層心理や事件背景の因果関係を
あぶり出した人間を描いた犯罪心理小説である。長編に『蛭川博士』
や『鉄の舌』などがある。日中戦争・太平洋戦争中は、御多分に漏れ
ず肩身を狭くした。戦中の雌伏の時を乗り越えて、戦後に復活。『石
の下の記録』で、昭和26年度の探偵作家クラブ賞を受賞している。
●浜尾四郎(1896~1935)大正から初期に活躍した小説家で
推理以外の名著もある。明治29年東京生まれ。加藤照麿の四男で、
無声映画の語りや声帯模写で知られる大衆芸人・古川ロッパ(緑波)
の兄でもある。
貧乏で子沢山、優秀な四郎は加藤家では進学させられない。知人の
紹介で子爵・浜尾新に見込まれ養子となる。超難関お東京帝国大学の
法学部卒業し検事となる。そして、弁護士というエリート・ロードを
歩む。しかし、頭がよいゆえに、組織の疑問や社会の無慈悲が犯罪の
温床であることに気づく。
昭和4年(1929)、金融恐慌と軍国主義化が高まる中で、あえ
て職を辞して、検閲が厳しくなりつつある中で文筆家となる。処女作
事故死に見せかけた殺人事件と思いきや、ひねりひねった展開とドン
デン返しの名作『彼が殺したか』を発表し地位を固めた。以後『黄昏
の告白』や『殺された天一坊』などの作品を書くかたわら、議論好き
の論客で、本格推理小説の批評や解説でも活躍した。バン・ダインの
影響で書かれた『殺人鬼』は、本書にも所収してあるがその重厚かつ
息をつかせぬ多彩な構成力の凄味には敬服してしまう。昭和戦前の本
格長編の名著の一つである。
【編集委員のことば】
●江戸川乱歩
日本推理小説の代表的作品を明治、大正から現代まで、系統的に集大
成した全集は、従来しばしば企てられたが一度も実現していない。今、
東都書房は敢然としてこの大仕事と取り組み、編集委員を選んで論議
を尽くした上、内容を決定、いよいよ発刊の運びとなったことは慶賀
にたえない。涙香、露伴から松本清張、仁木悦子にいたるこの網羅的
大集成は、新しい読者が過去の著名な作品を展望されるためにも、ま
ことに好適。装丁も書架を飾るにふさわしいものとして発売されるは
ずである。
●中島河太郎
かねてからの念願がようやく実現することになった。日本の推理小説
の史的展開を裏付け、同時に路標的佳作の数々を収めるような総合決
定版が欲しかった。豊富な収穫を圧縮した分量に盛った今度の試みは
画期的である。愛好家の座右に欠かせられないことはいうまでもなく、
無数の作品の前に戸惑う一般読書人に格好の贈り物と信ずる。
【日本推理小説大系 全巻紹介】
①【明治大正集】
②【江戸川乱歩】
③【甲賀三郎・角田喜久雄】
④【木下宇陀児・浜尾四郎集】
⑤【小栗虫太郎・木々高太郎集】
⑥【昭和前期集】
⑦【横溝正史集】
⑧【島田一男・高木彬光集】
⑨【昭和後期集】
⑩【坂口安吾・加田倫太郎・久生十蘭・戸板康二集】
⑪【松本清張集】
⑫【有馬頼義・新田次郎・菊村到集】
⑬【鮎川哲也・日影丈吉・土屋隆夫集】
⑭【多岐川恭・仁木悦子・佐野洋集】
⑮【水上勉・樹下太郎・笹沢左保集】
⑯【現代十人集】
本の状態は、函付の古書初版「並上」のである。約60年前のもの
なので、経年のうっすらとした汚れや小ヤケは見受けられる。ですの
であまり神経質な方は御遠慮して下さい。発送は重量1キロ以下で分
厚い本なので、レターパックプラス(速達扱い)520円で対応した
いと思います。