こちらは今回のターンでウリキリます〜〜
F4236 ティファニー ルシダ0.24ct Pt950「切磋琢磨」の至高婚約指輪
ご入札をご検討いただき、誠にありがとうございます。
これは単なる宝飾品ではございません。一つの物語であり、哲学であり、これから人生の荒波に漕ぎ出す、すべての勇敢なる魂に捧げる護符（アミュレット）でございます。
長文となりますが、このジュエリーが宿す本当の価値をご理解いただくため、しばし私の拙い筆にお付き合いいただければ幸いです。
硯山先生と不適合の理（ことわり）
奥武蔵の山々は、梅雨の晴れ間を縫って湧き立つような深緑の息吹を吐き出していた。湿り気を帯びた土の匂いと、名も知らぬ夏草の青臭さが混じり合い、むせ返るような生命力で満ちている。その山懐に抱かれるようにして、陶芸家・硯山憲三（けんざんけんぞう）の仕事場兼住処は、まるで古びたきのこのようにひっそりと佇んでいた。
「先生、ご無沙汰しております。了平です」
燻されたような色合いの引き戸をがらりと開けると、土と釉薬と、そして微かな酒の香りが混じった空気が鼻腔をくすぐる。土間の向こう、囲炉裏のそばで胡坐をかいていた老人が、ゆっくりとこちらに顔を向けた。ぎょろりとした双眸は、年輪を重ねた鷲のように鋭く、それでいて深い。北大路魯山人の再来と一部の数寄者から密かに呼ばれる男、硯山先生その人であった。
「おお、了平か。何の風の吹き回しだ。東京の垢にまみれて、山の空気が恋しくでもなったか」
憎まれ口は相変わらずだが、その声色には微かな喜びが滲んでいる。俺、坂崎了平は、先生の内弟子として三年間、この窯で土と火と格闘した。今は都心で小さな編集プロダクションを営んでいる。
「いえ、先生の焼かれた徳利で一献やりたくなりまして。それと、少々ご意見を拝聴したいことが」
俺が掲げた一升瓶を見て、先生の口元が緩む。「越乃寒梅か。分かりやすい男よ。まあ上がれ。ちょうど今、鮎が焼き上がるところだ」
囲炉裏の炭火でじっくりと炙られた鮎は、化粧塩がぱらりと浮き立ち、皮はパリッと、身はほっくりと湯気を立てている。それを先生が無造作に掴んで乗せたのは、自身の手による織部焼の角皿だった。深緑の釉薬が大胆に流れ、焦げた土の肌とせめぎ合う様は、皿の上で一つの景色を成している。
「食え。鮎は焼き立てに限る。蓼酢なんぞという野暮なもんはうちにはない。この鮎自身のわたの苦みが、最高の調味料だ」
言われるがままに頭からかぶりつくと、香ばしい皮の食感と、淡白ながらも滋味深い身の味わい、そして後から追いかけてくるわたのほろ苦さが口中に広がった。先生の言葉通り、完璧な調和だ。
「……うまいです。先生。本当に」
「当たり前だ。俺が焼いた皿の上で、俺が選んだ炭で、俺が頃合いを見計らって焼いたのだからな。不味かろうはずがない」
先生はそう言うと、俺が持ってきた酒を、これまた自作の備前焼の徳利に移し、火のそばでゆるりとお燗をつけ始めた。その手つきの無駄のなさは、それ自体がひとつの作品のようだった。
酒が程よく温まり、先生のぐい呑みと俺のそれに満たされる。一口含むと、米の柔らかな旨みがふわりと広がり、すっと喉の奥に消えていく。先生の焼いた器は、酒の角を取り、その真価を最大限に引き出す力があるようだった。
しばらく、囲炉裏の炭がぱちぱちと爆ぜる音と、虫の声だけが流れた。意を決したのは、徳利が半分ほど空になった頃だった。
「先生。実は今日、これをお見せしたくて」
俺は懐から、小さな黒いベルベットの箱を取り出した。先生は怪訝そうな顔をしたが、無言で受け取る。その節くれだった指が箱を開くと、梅雨の晴れ間の陽光が部屋に差し込み、中の一点がまばゆい光を放った。
「ほう」
先生の目が、初めて興味という色を宿して細められた。それは、一個の指輪だった。
「ティファニー、という店のものです。婚約指輪を、と考えておりまして」
先生は指輪をそっとつまみ上げ、光にかざした。プラチナの白い輝きを放つリングの中央に、四つの爪で高く掲げられた四角いダイヤモンドが鎮座している。
「ティファニーか。女子供を勘違いさせる、罪深い店だな。見せかけの幸福を箱に詰めて売りつける」
相変わらずの口ぶりだが、その目は真剣だった。指輪を返す返す眺め、指でそっと撫でている。
「ふむ。見ろ、了平。この石留めを。四本の爪が、まるで蕾が開くように石を支えている。ただ押さえつければいいというもんじゃない。石が最も美しく光を捉え、そして放つための角度と高さ。これを計算し尽くしている。我々が作る茶碗の高台が、ただ碗を支えるだけでなく、その姿かたち、全体の品格を決めるのと同じ理屈だ」
先生は指輪を俺に一度返し、ルーペをどこからか取り出してきた。
「貸してみろ」
再び指輪を受け取ると、今度はルーペで石を覗き込み始めた。その様は、まるで医者が患者を診察するかのようだ。
「カットは……プリンセスカットのようでいて、どこか違うな。角が取れておらず、それでいて鋭すぎない。ステップカットの気品と、ブリリアントカットの輝きを両立させようという、随分と欲張りな試みだ。……ああ、そうか。『ルシダ』か。ティファニーが二十世紀の終わりに、自社開発したというカットだな。ラテン語で『星座の中で最も輝く星』。大層な名を付けたものだ」
先生はこともなげに言うが、なぜそんなことまで知っているのか。この老人の知識の深さは、底が見えない。
「この石、カラットはいくつだ」
「0.24カラットです」
「ほう。0.24か。悪くない。1カラットだ、2カラットだと、大きさばかりを誇る輩がいるが、愚の骨頂だ。重要なのは大きさではない。その石が内包する光の質だ。この石は小さいが、濁りも迷いもない。清冽な光を宿している。まるで研ぎ澄まされた日本刀の切っ先か、冬の夜空に凍る一番星のようだ。こういうものは、これ見よがしに大きい必要はない。むしろ、このくらいの大きさが、持ち主の品性を物語る」
先生は次に、リングの内側に目をやった。
「刻印を見てみろ。『1999 TIFFANY & Co. PT950』。1999年、ティファニー製、プラチナ950。この『PT950』というのが重要だ。プラチナ純度95%。残りの5%は、強度を保つための混ぜ金だが、この95%という純度が、ティファニーの矜持よ。金と違って、プラチナはそのものの色が白い。変色もせず、永遠にこの輝きを保つ。その不変性が、永遠の愛とやらを誓うには都合がいいとされている。実に商売がうまい」
皮肉を言いつつも、その声には感心したような響きがあった。
「そしてこちら側。『LUCIDA』の刻印。これはこのデザインの名の証。その隣、『Pat 5970744 et al』。これは特許番号だ。このデザインは我々のものだと、世界に宣言しているわけだ。自社の創造に対する、凄まじい自負心の表れよ。そして『.24CT』。石の大きさの証明。最後に、この番号……『21160415』。これは個体識別番号だな。一つ一つに、戸籍があるということだ。なるほど、大したもんだ」
先生は指輪を角皿の縁にことりと置いた。織部の深い緑の上で、ダイヤモンドは一層白く、プラチナは静謐に輝いている。総重量3.4グラム、幅4.33ミリ。小さな宇宙がそこにあった。
「して、だ。了平。お前は、この指輪を誰に渡すつもりだ。そして、なぜ渡す」
核心を突く問いに、俺は少し頬を赤らめながら答えた。
「付き合って五年になる女性がいます。とても優しくて、聡明で……何より、俺とすごく相性がいいんです。一緒にいて楽だし、価値観も合う。喧嘩もほとんどしたことがない。そろそろ、結婚を、と」
その言葉を聞いた瞬間、先生の顔から表情がすっと消えた。囲炉裏の火が揺らめき、老人の顔に深い影を落とす。
「……了平」
静かだが、腹の底に響くような声だった。
「お前は、この俺の元で三年間、何を学んできたのだ」
「え……？」
「土を練り、轆轤を回し、火を読んだ。あの三年間は、お前にとって何だったのだと聞いている」
突然の詰問に、俺は言葉に詰まる。
「それは……陶芸の、その、真髄を……」
「馬鹿者っ！」
雷のような一喝が、部屋の空気を震わせた。
「お前は、何も分かっておらん！全くもって、分かっておらん！」
先生はわなわなと震える指で、俺を指さした。
「相性がいいだと？一緒にいて楽だと？価値観が合うだと？そんなものはな、ただの怠慢だ！魂の堕落だ！お前は、結婚というものを履き違えている！いや、世の中のほとんどの人間が、根本から勘違いしているのだ！」
俺は呆然として、先生を見つめるしかなかった。
「いいか、よく聞け。皆、勘違いしている。結婚相手、生涯を共にする配偶者というものはな、自分と一番相性のいい人間を選ぶのではない。断じて違う。むしろ逆だ。道理で言えば、自分と最も相性の悪い人間と一緒になるべきなのだ」
「……相性が、悪い人、ですか？なぜです？」
「それこそが『修行』だからだ！」
先生はぐいっと酒を煽った。
「お前はなぜ、この世に生まれてきた？ただ飯を食って、寝て、子孫を残して死ぬためか？違うだろう。我々がこの世に生を受けるのは、自らの魂を磨き、高めるためだ。生まれてきた時よりも、ほんの少しでもましな人間になって死んでいくためだ。それが、我々に課せられた唯一の宿題だ」
先生は、囲炉裏からまだ熱を帯びた薪を一本、火箸でつまみ上げた。
「見ろ。この薪を。ただの木だ。燃えれば灰になる。だがな、我々陶芸家は、この火の力を借りて、ただの土塊を、こういうものに変える」
そう言って、先生は手元のぐい呑みを掲げた。硬質で、美しい肌合いの備前焼だ。
「土は、火に焼かれて初めて陶器になる。それも、ただ焼けばいいというものじゃない。千三百度の業火に何日も何日も晒され、歪み、ひび割れ、爆ぜそうになりながら、その試練に耐え抜いたものだけが、用の美を宿した器として生まれ変わるのだ。楽な温度で焼かれたものなぞ、ただの素焼きの土くれよ。脆く、水も漏れる。何の役にも立たん」
先生は俺の目をまっすぐに見た。
「人間も同じだ。自分にとって都合のいい、楽な相手と一緒になったとて、そこに何の成長がある？何の変革がある？ぬるま湯に浸かって、自分の未熟さや醜さ、傲慢さから目を背け、傷の舐め合いをして一生を終えるだけだ。そんなものは、生きながら死んでいるのと同じことだ」
「……」
「だがな、了平。自分と相性の悪い相手――考え方も、感じ方も、金銭感覚も、時間の使い方さえも、いちいち癇に障るような相手と暮らしてみろ。毎日が戦だ。毎日が問答だ。なぜこの人間はこう考えるのか。なぜ俺の言うことが通じないのか。腹が立ち、苛立ち、時には憎しみさえ覚えるだろう。だがな、その時こそが、お前が自分自身と向き合う時なのだ」
先生の言葉は、まるで熱い鉄のように俺の胸に突き刺さった。
「相手の言動に腹が立つのはなぜか。それは、自分の中にある『こうあるべきだ』という凝り固まった価値観、つまりは『我』があるからだ。相手は、そのお前の醜い『我』を映し出す、最高の鏡なのだよ。その鏡から目を背けるな。なぜ腹が立つのか、なぜ許せないのか、己の内側を、血反吐を吐くまで見つめ続けろ。そうして初めて、人間は自分の器の小ささ、見識の狭さ、傲慢さに気づくことができる。相手を許せるようになった時、それは相手が変わったからではない。お前の器が、ほんの少しだけ大きくなった証なのだ」
「それが……修行、ですか」
「そうだ。それこそが、人生という名の『切磋琢磨』よ。結婚とは、互いの魂を砥石にして、互いを削り、磨き上げる、最も過酷で、最も尊い修行の場なのだ。相性がいい相手とは、研磨剤の入っていない、滑らかな布で互いを撫で合っているにすぎん。気持ちはいいだろうが、魂の錆は一向に落ちん。だが、相性の悪い相手というのは、最も目の粗い、最高の金剛砂よ。触れ合うたびに火花が散り、身を削られるような痛みを伴う。だが、その摩擦こそが、お互いを真の輝きへと導くのだ」
先生は、織部皿に置かれた指輪を再びつまみ上げた。
「このダイヤモンドを見ろ。地球の奥深く、マントルの底で、想像を絶する圧力と高熱に何億年もの間耐え続けて、初めてこの世で最も硬く、最も美しい結晶となったのだ。楽な環境でできた石ではない。お前たちの関係も、そうでなくてはならん。このプラチナを見ろ。その価値は、酸にも熱にもおかされぬ『不変性』にある。どんなに激しくぶつかり合っても、決して互いを見捨てぬという、不退転の覚悟の象徴でなくてはならん」
先生は、指輪を俺の掌に、ずしりと置いた。
「了平。お前が結婚しようとしている女は、お前にとっての『ぬるま湯』か？それとも、お前の魂を焼き尽くすほどの『業火』か？」
「……」
「お前にとって、都合のいい女か？それとも、お前の全てを根底から覆すような、手に負えぬ女か？」
俺の脳裏に、彼女の顔が浮かんだ。いつも微笑みを絶やさず、俺の言うことを「そうだね」と受け入れてくれる彼女。俺が仕事で疲れていると、何も言わずに好きな料理を作ってくれる彼女。俺の趣味にも文句一つ言わず、いつも穏やかな空気をまとっている彼女。
それは、本当に「相性」なのだろうか。
もしかしたら、彼女が、俺の未熟さや傲慢さを刺激しないように、必死で波風を立てずにいてくれているだけではないのか。俺が「楽だ」と感じているその裏で、彼女はどれだけのことを飲み込み、諦めているのだろうか。
だとしたら、俺はとんでもない勘違いをしていた。俺は彼女の優しさに胡坐をかき、それを「相性の良さ」などという陳腐な言葉で片付け、自分自身と向き合うことから逃げていただけではないのか。
「先生……俺は……」
「この『ルシダ』という指輪。1999年に生まれた、比較的新しいデザインだ。だが、その根底にあるのは、人間の手で石の輝きを最大限に引き出すという、何千年も変わらぬ営みだ。新しいとか古いとかではない。本質を突いているかどうかだ。この指輪は、ただの飾りではない。これから始まる、長くて険しい『修行』のための、いわば『道具』だ。覚悟の証だ」
先生は立ち上がり、棚から一つの桐箱を持ってきた。中には、息を呑むほどに見事な、志野焼の茶碗が鎮座していた。柔らかな白い肌に、ぽっと差したような緋色。そして、堂々とした高台。
「これは、俺が生涯で最高の出来だと自負している茶碗だ。何度も失敗し、窯の中で割れ、歪み、それでも諦めずに土と向き合い、火と対話し続けて、ようやく生まれた。俺と、土と、火との、壮絶な戦いの果ての結晶だ。俺にとっての『相性の悪い相手』との、な」
俺は、掌の中の指輪を握りしめた。
0.24カラットのダイヤモンド。小さいけれど、確かな硬度と輝きを持つ。
PT950のプラチナ。変質しない、永遠の純白。
そして、ルシダという、星の名を持つカット。暗闇の中でこそ輝く、導きの光。
「了平よ。その指輪を渡す前に、己に問え」
先生の声が、静かに響いた。
「お前は、彼女という『業火』で焼かれる覚悟があるか。彼女という『砥石』で、魂ごと削られる覚悟があるか。安楽な関係を捨て、痛みを伴う成長を選ぶ覚悟があるか。もし、その覚悟があるのなら、このティファニーのルシダは、お前たちの『切磋琢磨』の誓いに、ふさわしい道具となるだろう」
「もし、その覚悟がないのなら……そんななまくらの魂でこの指輪を渡すのは、このダイヤモンドにも、プラチナにも、そして何より、お前が愛しているというその女に対して、あまりにも無礼というものだ。さっさと質屋にでも持っていけ」
西日が差し込み、指輪がキラリと光った。その光は、もはや単なる宝飾品の輝きではなかった。それは、俺がこれから歩むべき、険しくも尊い道を示す、厳粛な光のように見えた。
俺は深く、深く頭を下げた。
「先生。ありがとうございました。目が覚めました」
顔を上げた俺の目を見て、先生は初めて、満足そうにふっと笑った。
「そうか。ならばよし。さあ、酒の続きだ。今日のこの酒は、お前の新しい門出祝いだ。存分に飲め」
その夜、俺は先生と、夜が更けるまで語り、飲んだ。
掌の中の小さな箱は、以前とは比べ物にならないほどの重みと、そして意味を持って、俺の未来を照らしていた。結婚とは、調和ではない。戦いだ。そしてその戦いの果てにしか、真の安らぎと成長はないのだ。このF4236という番号を持つ小さな戦士と共に、俺は、俺の人生で最も相性の悪い、そして最も愛おしい好敵手に、戦いを挑むことを決めた。
;)
