
文庫です。 きれいなほうです。
医学立国、農業立国、好色立国を掲げ、東北の一寒村が突如日本から分離独立した!
SF、パロディ、ブラックユーモア、コミック仕立て、
小説のあらゆる面白さ、言葉の魅力を満載した記念碑的巨編。全三巻。
日本SF大賞、読売文学賞受賞作。
ある六月上旬の早朝、上野発青森行急行「十和田3号」を一ノ関近くの赤壁で緊急停車させた男たちがいた。「あんだ旅券(りょげん)ば持(も)って居(え)だが」。実にこの日午前六時、東北の一寒村吉里吉里国は突如日本からの分離独立を宣言したのだった。
政治に、経済に、農業に医学に言語に……大国日本のかかえる問題を鮮やかに撃つ、おかしくも感動的な新国家。
目次
第一章(でーえっしょ) あんだ旅券(りょげん)ば持って居(え)だが
第二章(でーぬしょ) 俺達(おらだ)の国語ば可愛(めんご)がれ
第三章(でーさんしょ) 吉里吉里人(ちりちりづん)は眼(まんなご)はァ静(すんず)がで
第四章(でーよんしょ) これがまんず最初(せーしょ)の切札(ちりふんだ)なんだっちゃ
第五章(でーごんしょ) 降って来た煙草(たんばこ)の番号はァ一〇〇〇一六一一〇(えづじぇろじぇろじぇろえづろぐえづえづじぇろ)す
第六章(でーろぐしょ) 此処(こご)らで第二(でえぬ)の切札(ちりふんだ)ば出すべがな
第七章(でーななしょ) 双頭(ふたづあだま)の犬(えぬ)は吉里吉里名物(めえぶづ)なのっしゃ
第八章(でーはっしょ) 俺達(おらだ)は泣ぐが嫌(えや)さに笑って居(え)んのだよ
本文より
古橋健二が吉里吉里国営食堂「伏見屋」の購買部から、『吉里吉里語四時間・吉日、日吉辞典つき』と表紙に刷った小冊子を二部、大事そうに捧げ持って駅前空地に出たとき、『十和田3号』の約八百の乗客たちは欅並木の大通りを西の森に向ってすでに移動をはじめていた。西の森には、少年警官イサム安部によれば〔病床数千六百五十の吉里吉里国立病院〕があるというが、全長一粁(キロ)ほどの大通りを西に進むにつれてその病院のクリーム色の壁が森の木々の緑の梢の向うへ隠れて行った。
(「第三章 吉里吉里人は眼はァ静がで……」)
井上ひさし(1934-2010)
山形県生れ。上智大学文学部卒業。浅草フランス座で文芸部進行係を務めた後、「ひょっこりひょうたん島」の台本を共同執筆する。以後『道元の冒険』(岸田戯曲賞、芸術選奨新人賞)、『手鎖心中』(直木賞)、『吉里吉里人』(読売文学賞、日本SF大賞)、『腹鼓記』、『不忠臣蔵』(吉川英治文学賞)、『シャンハイムーン』(谷崎潤一郎賞)、『東京セブンローズ』(菊池寛賞)、『太鼓たたいて笛ふいて』(毎日芸術賞、鶴屋南北戯曲賞)など戯曲、小説、エッセイ等に幅広く活躍した。2004(平成16)年に文化功労者、2009年には日本藝術院賞恩賜賞を受賞した。1984(昭和59)年に劇団「こまつ座」を結成し、座付き作者として自作の上演活動を行った。