アルフレート・ヨーゼフ・フェルディナント・ヨードル(Alfred Josef Ferdinand Jodl)陸軍上級大将は国防軍最高司令部(OKW)作戦部長を務めた国防軍の最高幹部です。無能なヒトラーとカイテルを問題とせず、最高司令部の全ての重責を担いました。第二次大戦開戦時には最高司令部作戦部長でしたが、1940年4月のノルウェー侵攻の際には陸軍参謀本部と協議せずに国防軍最高司令部独自に作戦を立案したため、参謀総長フランツ・ハルダーと衝突しました。西方電撃戦、北アフリカ作戦いずれもヨードルが立案し、成功を収めています。ヒトラー自殺後のデーニッツ政権では連合国軍最高司令官アイゼンハワーとの降伏交渉に当たりましたが、冷酷なアイゼンハワーに脅迫される形で降伏文書に屈辱の署名を行わざるを得ませんでした。悲運のヨードルはニュルンベルク裁判で絞首刑となっています。