
ダメージがあります。
1980年代後半から90年代初頭まで無類の強さを誇ったF1ドライバー、アイルトン・セナ。
レース中のクラッシュで還らぬ人となった1994年5月1日から、今年で20年が経ちます。
そこで、没後20年を機に改めてセナの栄光の足跡を紹介。
ホンダを含めた日本との関係はどうだったのか、セナ最後のレースとなったサンマリノGPに出走した片山右京や、チームメイトだった中嶋悟など、当時の関係者の証言と寄稿から考察。
「F1レーサー・セナ」だけでなく、人間としてのアイルトン・セナの魅力にも迫ります。
事故当時抱いていたことは、天才ドライバーのセナが運転操作を誤りクラッシュしてあのような事故を起こしたのか、、、という事。事故3日前、イモラサーキットコース練習中にダンブレロコーナーのアスファルトにセナ自身違和感を感じ、セナと関係者立ち合い、セナが指摘。セナの事故後にその様子がニュースで放送されて、それが原因だったのかと思い、イモラサーキット管理側の過失性が高いものだと思っていました。セナが指摘したダンブレロコーナーの場所での事故は本当に起こってしまったから....。当時あの惨劇をTVでリアルタイムで観たのが今でも脳裏に焼き付いています。ダンブレロコーナーカーブのアスファルト原因事故死説、マシントラブル原因事故死説、前々日、前日と起きてしまった死傷事故で精神的不安定だったせいでの事故、はたまた自殺説などが囁かれました。セナの出会いでF1に興味が持てたし、本当に大好きなF1ドライバーだっただけに何が原因はだったのか、突然の死に本当にショックでした。本当の事故の真実は未だに謎ですが、この本を手にし抱いていた事故死の原因がセナのミスで起きたのではない事が書かれていて抱いていたまだかまりみたいなものが取れた気がします。最後の移籍となったセナが憧れていたウィリアムズ移籍先とマシン。しかし…FW16の不安定なマシンに満足せず抱いていたマシンの違和感。移籍した年のセナにはどこか笑顔がない…いつか自分のレースで何か重大な事が起きるのではないかとセナ自身が予知していた事、F1ドライバーとしての限界がどこか見え隠れしている。セナの最初のチームメイトとなった中嶋悟さんやセナに携わってきた方々(今宮純さん、川井一仁さん、など)、片山右京さん、当時F1実況担当三宅正治さん、そしてセナの亡骸に唯一接した日本人ジャーナリストの方の記事を読んだら涙が出てきました。胸が張り裂けそうになりました。セナが沢山の人々に愛されていた意味が分かりました。ただ速さだけを求めず、長年の経験を頭や身体で記憶し、これからのレースに繋げる、適格で繊細な判断能力、妥協を許さない、どのドライバーにはない優れたものを持っていたからいいレースができたのだと思うし、良きライバルが居たからチャンピオンにも輝けた。危険と隣り合わせ、その安全性の面でも常に注意深くされていたこともセナ自身何よりも誰よりも最も強く望んでいた事、セナが亡くなってから無事故死記録が続いているのは、セナから残され託された者達へのメッセージなのかな…。セナの志、F1界にとってセナは本当に欠かせない存在だったのだと改めて思うことができました。今でもセナの死は本当に無念、悔しい思い、もうあの勇姿が見れないこと、会えないと思うと今でも悲しい想いで一杯になります。セナが逝去されてから今年で23年、セナが居ないF1界、いつまでも色褪せず記憶に残るF1ドライバー。F1といえばアイルトンセナセナ、いつまでも皆の心の中に生き続けます様に...。セナの記録と記憶と沢山の見たことがない表情のセナの写真、セナを沢山感じられる完全保存版の1冊です。一生の宝物です。購入して良かったです。出版して頂きありがとうございます。