
★ユーズド商品です。
眉風炉は使用感がなくて、全く傷みはありませんので、拡大画像にて確認下さい。
灰を入れた形跡もありませんでした。
☆風炉寸法
高さ20.4cm 内高17cm 胴径32.2cm 口内径27.7cm 共箱・紙箱・布団・栞・経歴・極
※この眉風炉は一尺物より少し大きく造られています。
内径で考えると一尺用かと思われます。
中古市場では珍しくきれいな状態です。
◆伊東征隆(蒲池窯)
昭和19年 中国包頭市に生まれ。
昭和44年 蒲池窯の兄弟窯、尾崎焼15代長右衛門(佐賀神崎町)に師事。
昭和48年 独立、いとう工房開窯(佐賀神崎町)
昭和62年 蒲池焼き、一代口伝の秘技が縁で、筑後藩御用窯:蒲池窯焼き跡地に築窯
平成02年 国際陶芸展奨励賞入選、鵬雲斎御家元お好み拝領
平成13年 大丸心斎橋店にて個展開催
現在は、今日庵職方としても活躍している。
◆眉風炉(まゆぶろ)
風炉の形状のひとつで、火窓の上が風炉の口までいかず繋がっていて、透かしになっている風炉です。
眉風炉は、火窓の上部と口縁との間のつながった部分が眉に似ているところからこの名があるといいます。
眉風炉は、いまは暑い時期に火気がなるべく客に感じられないように使われることが多いようです。
眉風炉は、「真」真の風炉とされます。
◆伊東征隆(蒲池窯)
昭和19年 中国包頭市に生まれ。
昭和44年 蒲池窯の兄弟窯、尾崎焼15代長右衛門(佐賀神崎町)に師事。
昭和48年 独立、いとう工房開窯(佐賀神崎町)
昭和62年 蒲池焼き、一代口伝の秘技が縁で、筑後藩御用窯:蒲池窯焼き跡地に築窯
平成02年 国際陶芸展奨励賞入選、鵬雲斎御家元お好み拝領
平成13年 大丸心斎橋店にて個展開催
現在は、今日庵職方としても活躍している。
◇蒲池焼の歴史
慶長9年(1604年)に肥前佐賀の領主鍋島直茂公に仕えていた家長・彦三郎方親(まさちか)が、現・柳川市西蒲池で土器を焼いたのに始まる。
方親は先祖代々土器師の家に生まれ、豊臣秀吉にその作りを褒められた人物である。
当時は、藩御止め窯として一般への販売は禁止され、貴重品として珍重されていた。
色は、黒、赤、白の3つ。「雲華(うんげ)」や「繧繝(うんげん)」と呼ばれる黒や白の斑紋があるものもあり、色の違いは焼き方や土によって変わってくるという。
茶室で使われる道具、風炉(湯をわかす火鉢)や灰器などが主。
生の状態の時に椿の葉で磨き、松の木で焚いた900度の窯で焼く。窯の上には瓦がのせてあり、また、焼いた後は開いてる場所を粘土で密封するという。空気を入れず不完全燃焼させることで、重厚な色合いの土器が出来る。
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