ブラクラ妄想小説タイトル：『黄金の湯けむり、心沸き立つ刻（とき）』サウナクッカの若者達と一緒に入るジャグジーで元気を貰って近所に土地を買って引っ越すきっかけになりました！

登場人物

島津剛三（しまづ ごうぞう）：72歳。元大手建設会社「島津建設」社長。引退し一人暮らし。頑固でプライドが高いが、孤独と健康不安を抱える。重度の冷え性と高血圧。

島津さくら：38歳。剛三の一人娘。フラワーデザイナー。父とは疎遠。

水野優子（みずの ゆうこ）：42歳。「花園温泉サウナクッカ」のサウナ・ヨガインストラクター。

田中義男（たなか よしお）：72歳。剛三の旧友。健康オタク。

黒岩満（くろいわ みつる）：50代。古美術商。

初代・壹真（いっしん）：故人。江戸時代の名金工師。純金茶釜の製作者。

第一章：黄金の重荷と冷え切った心

東京の喧騒から一歩奥まった閑静な住宅街に、島津剛三の屋敷はあった。かつて建設業界にその名を轟かせた「島津建設」の元社長。その威光も今は昔、広すぎる屋敷には主の孤独な影だけが揺れていた。引退して五年、妻の昭恵に先立たれてからは十年が経つ。一人娘のさくらとは、最後にいつまともに会話したか思い出せないほど疎遠だった。

剛三の朝は、鈍い頭痛と体の芯まで凍えるような冷えで始まるのが常だった。高級羽毛布団に身を包んでも、指先は氷のように冷たい。血圧の薬を水で流し込み、重い体を起こしてリビングへ向かう。そこには、特注の防弾ガラスケースに鎮座する純金製の茶釜があった。「純金茶釜 F2781 重量1644.15g」それは、剛三が社長として絶頂期にあった頃、ある種のステータスと自己顕示欲を満たすために、「ブランドクラブ」が主催するネットオークションの特別出品で、国内外のコレクターと熾烈な入札合戦の末に高額で落札した逸品だった。江戸の名金工師・壹真（いっしん）の作とされ、その底には「壹真」と「純金」の文字がくっきりと刻まれている。落札した当時は、ネットニュースや一部の経済誌にも取り上げられ、剛三の財力と審美眼を象徴するアイテムとして、ある種の羨望と嫉妬を集めた。しかし、今となっては、その黄金の輝きは虚しく、維持管理の煩わしさばかりが気になる存在となっていた。昭恵も、このネット越しの派手な買い物には最後まで渋い顔をしていたことを、剛三は思い出していた。彼女はもっと素朴な、家族の温もりを感じられるものを好んだ。「ふん、こんなものがあったとて、この冷えはどうにもならん」湯も沸かさずにインスタントコーヒーをすする。かつて昭恵が、この茶釜ではなく、もっと質素な鉄瓶で淹れたお茶を家族で飲むことを楽しみにしていたのを、ふと思い出した。だが、当時の剛三は仕事の成功と社会的地位の確立に夢中で、そんな妻のささやかな願いに気づくことすらなかった。今となっては、後悔だけが胸を刺す。

その日も、剛三はかかりつけ医の元を訪れていた。「島津さん、血圧がまた少し上がっていますね。それにこの冷え性、放っておくと万病のもとですよ。薬だけに頼らず、生活習慣から見直しませんか？適度な運動、そして何より体を温めることです」医師の言葉は、いつものように耳に痛かった。運動など、社長時代には接待ゴルフくらいしかしておらず、引退後はめっきり体を動かす機会も減っていた。「分かってはいるんだが、なかなか…」剛三がため息混じりに応えると、医師は一枚のパンフレットを差し出した。「最近、患者さんの間で評判がいいんですよ。生駒山の麓、花園ラグビー場の近くにある『サウナクッカ』。ここの温冷浴と、サウナの中で行う無料のホットヨガが体にいいと。なんでも、サウナ室で本格的なヨガを行うのは、世界的にもかなり珍しい取り組みだそうで、無理なく始められると評判です。インストラクターの方も親切だと聞いています」パンフレットには、近代的な温泉施設と、ラグビー場の緑の芝生が遠くに見える開放的な露天風呂、そして笑顔でヨガをする人々が写っていた。サウナ、ホットヨガ…「世界的にも希少」という言葉が、剛三のプライドを僅かにくすぐったが、それ以上に健康への切実な思いが勝った。「生駒山の麓、か…」かつて家族で生駒山上遊園地に行った遠い記憶が蘇り、微かな郷愁が胸をよぎった。しかし、今さらそんな場所に一人で行く気にもなれず、パンフレットを受け取ったものの、すぐに鞄の奥にしまい込んだ。

数日後、大学時代の旧友、田中義男から電話があった。田中は引退後、健康オタクとなり、全国の温泉やサウナを巡るのが趣味だった。「剛三、元気か？相変わらず引きこもって、あのネットオークションで落とした金の釜でも眺めてるのか？」田中の遠慮のない物言いは昔から変わらない。「うるさいやつだ。お前こそ、暇を持て余して湯治三昧か」「それがいいんだよ。おかげで持病の腰痛もすっかり良くなった。実はな、最近すごいところを見つけたんだ。生駒山の麓、花園ラグビー場近くの『サウナクッカ』って知ってるか？」またその名前だ。偶然の一致に、剛三は少し驚いた。「ああ、医者にも勧められたな。そんなにいいのか？」「いいどころじゃない！あそこの温冷浴は最高だぞ。熱いサウナで汗をかいて、キンキンに冷えた水風呂に入って、外気浴でととのう…まさに至福だ。天気が良ければ生駒の山並みも見えるし、ラグビーの練習風景なんかも遠目に見えて、なかなか開放的なんだ。それに、サウナの中でやる無料のホットヨガがあってな、これがまたいい汗かけるし、体が芯から温まるんだ。インストラクターの優子先生ってのがまた素晴らしくてな。サウナの中でやるヨガなんて、世界的にもほとんど聞いたことがない。まさに最先端の健康法かもしれんぞ。剛三、お前のその万年雪みたいな冷え性も、一発で改善するかもしれんぞ」田中の熱弁は続いた。サウナストーンにアロマ水をかけた時の芳しい香り、水風呂の衝撃的な冷たさとその後の爽快感、外気浴での開放感。そして、その世界的にも希少なサウナ室内ホットヨガがいかに心身をリフレッシュさせるか。無理なく参加できるそのアクセシビリティも魅力だと力説した。「まあ、騙されたと思って一度行ってみろ。俺も来週あたり、また行こうと思ってるんだ。お前も来るなら、案内してやるよ」田中の誘いに、剛三の心は少し揺れた。医者にも勧められ、友人までもが絶賛する。もしかしたら、長年悩まされてきたこの冷えから解放されるかもしれない。そして、心のどこかで、この息詰まるような日常から抜け出したいという思いも燻っていた。「…考えておく」素っ気なく答えたが、電話を切った後、剛三は鞄から例のパンフレットを取り出し、じっと眺めた。写真の中の人々の穏やかな笑顔が、やけに眩しく感じられた。

その夜、剛三は久しぶりに純金茶釜のガラスケースを開けた。ひんやりとした金属の感触が指先に伝わる。1644.15グラム。ずっしりとした重みは、かつての自分の成功の証であり、同時に今の虚しさを映し出す鏡のようでもあった。この茶釜は、ただそこにあるだけで、多くの人間の欲望や、あるいは嫉妬や、様々な念を吸い込んできたのかもしれない。ネットオークションの画面上で競り上がっていく数字、落札の瞬間の高揚感、そして、その後の周囲の反応。全てが今は遠い昔の出来事のようだ。ふと、茶釜の表面に、微かな曇りを見つけた。昭恵が生きていた頃は、彼女が時折、仕方なさそうに、それでも丁寧に磨いていた。その手つきには、夫への複雑な思いと、物への敬意が混じっていたように思う。「昭恵…お前なら、この冷え切った俺をどうするだろうな…」妻の面影を追うように、剛三は柔らかい布で茶釜をそっと拭った。黄金の輝きが鈍く反射する。その輝きの中に、自分の老いた顔が映り込み、剛三は深くため息をついた。「壹真、か…」茶釜の底に刻まれた金工師の名。その職人は、何を思ってこの茶釜を打ち出したのだろう。単なる権力者のための贅沢品としてか、それとも、この茶釜で淹れられる一服のお茶がもたらす温もりや、人々の和やかな団欒を願ってか。剛三は、まだその答えを知らなかった。

翌朝、剛三はいつになく早く目覚めた。相変わらず体は冷え切っていたが、昨日までの絶望的な気分とは少し違っていた。窓から差し込む朝日が、いつもより少しだけ明るく感じられる。リビングのテーブルの上には、花園温泉サウナクッカのパンフレットが置かれていた。「温冷浴…世界的にも希少な、無料のサウナ・ホットヨガ…生駒山の麓か」呟きながら、剛三は決意を固めたように小さく頷いた。長年背負ってきた社長という肩書きの重圧、妻を失った喪失感、そしてこの黄金の茶釜が象徴する過去の栄光と現在の虚無。それら全てが、今の自分の心と体を冷えさせているのかもしれない。もしかしたら、あの湯けむりの向こうに、何かを変えるきっかけがあるのかもしれない。「…行ってみるか」その声は、自分でも驚くほど軽く、どこか期待に満ちていた。重いコートを羽織るのではなく、少し軽やかなジャケットに袖を通す。玄関の姿見に映った自分は、まだ不健康そうではあったが、瞳の奥に微かな光が宿っているように見えた。目指すは生駒山の麓、花園。冷え切った心と体に、果たして温もりは訪れるのだろうか。そして、あの純金茶釜に込められた本当の意味を、剛三が見つける日は来るのだろうか。物語は、まだ始まったばかりだった。

第二章：湯けむりの出会いと戸惑いの温もり

都心から電車を乗り継ぎ、近鉄奈良線の東花園駅で降りると、目の前には広大な花園ラグビー場の姿があった。その一角、生駒山のなだらかな麓へと続く道を進むと、程なくして目的の「花園温泉サウナクッカ」が見えてきた。剛三は、旧友の田中義男と駅で落ち合い、そこから徒歩で向かった。道中、田中はサウナの魅力について語り続けたが、剛三はラグビー場から聞こえてくる練習の掛け声や、遠くに見える生駒の山容に、どこか懐かしさを感じていた。

「着いたぞ、ここが俺の聖地、サウナクッカだ！」田中が誇らしげに指差した先には、モダンで清潔感のある建物があった。周囲は住宅地と公園が広がり、山間の秘湯というよりは、地域に根差した健康増進施設といった趣だ。受付で手続きを済ませ、館内着に着替えて浴室へ。広々とした空間には、様々な種類の浴槽と、目当てのサウナ室があった。「まずは体を清めて、少し湯に浸かってからサウナだ。いきなり入ると心臓に悪いからな」田中の指示通り、剛三はかけ湯をしてから温泉に肩まで浸かった。窓の外には、手入れの行き届いた庭と、その向こうにラグビー場の照明塔が見える。じんわりと体が温まっていくのを感じる。久しぶりの大きな湯船は、それだけで心地よかった。「じゃあ、行こうか。最初は無理するなよ」いよいよサウナ室へ。木の香りが漂う室内は薄暗く、すでに数人の客が静かに汗を流していた。温度計は90度を指している。剛三は一番下の段に腰を下ろした。じわじわと熱気が肌を刺す。息苦しさを感じ、すぐにでも出たくなった。「剛三、ゆっくり鼻から息を吸って、口から吐くんだ。そうすると楽になる」隣に座った田中が小声でアドバイスする。言われた通りに深呼吸を繰り返すと、少しずつ熱さに慣れてきた。額から汗が滲み出し、やがて玉の汗となって流れ落ちる。こんなに汗をかいたのは何年ぶりだろうか。十分ほど経っただろうか。「そろそろ出るか」という田中の声でサウナ室を出ると、すぐ隣に水風呂があった。「いいか、汗をしっかり流してから、覚悟して入れよ！」田中はそう言うと、ザブンと豪快に水風呂に飛び込んだ。剛三は恐る恐る足を入れる。「ひっ…！」思わず声が出た。心臓が止まるかと思うほどの冷たさだ。しかし、田中は「肩まで浸かれ！」と容赦ない。剛三は意を決して全身を沈めた。一瞬、息が止まったが、三十秒もすると不思議と冷たさが快感に変わってきた。体の表面がピリピリとし、火照った体が急速に冷却されていく。「よし、出るぞ！」水風呂から上がり、露天スペースに置かれたリクライニングチェアに体を横たえる。これが「外気浴」かと、剛三はぼんやりと思った。生駒山から吹き下ろす微風が心地よく、遠くで練習に励むラガーマンたちの声が聞こえる。火照った体が外気に触れると、何とも言えない心地よさが全身を包み込む。心臓がドクドクと力強く脈打ち、血液が全身を駆け巡る感覚。そして、ふっと体が軽くなり、意識が遠のくような、それでいて全てがクリアになるような不思議な感覚に襲われた。「これが…ととのう、ってやつか…」隣で同じように目を閉じている田中に呟くと、彼は満足そうに頷いた。「そうだ。このためにサウナに入るんだ。これを三セット繰り返せば、お前の冷え性もだいぶマシになるはずだ」

温冷浴を二セット終えた後、田中が時計を見て言った。「おっと、そろそろ優子先生のサウナヨガの時間だ。行ってみようぜ。ここのサウナヨガは、サウナ室の熱を利用したホットヨガで、しかも無料なんだ。こんな本格的なプログラムをサウナの中で体験できるなんて、世界的にも本当に珍しいんだぞ。これは体験しなきゃ損だ」「サウナの中でヨガ…？暑くないのか？」「それがいいんだよ。汗が滝のように出るが、終わった後の爽快感は格別だ。しかも無料なんだから、参加しない手はないだろう」半信半疑のまま、剛三は田中に連れられて再びサウナ室へ向かった。先ほどとは違い、中央にはヨガマットが数枚敷かれ、数人の女性客が準備を始めていた。やがて、涼やかな声と共に、インストラクターらしき女性が入ってきた。それが水野優子だった。「皆さん、こんにちは。今日のサウナ・ホットヨガ担当の水野です。このサウナ室で行うホットヨガは、高温多湿の環境が体の柔軟性を高め、デトックス効果も期待できる、世界的にもまだ新しい試みです。初めての方もいらっしゃいますか？無理なく、ご自分のペースで楽しんでくださいね」優子の笑顔は太陽のように明るく、その場を和ませる力があった。剛三は隅の方にこっそりと座った。ヨガなど一度もやったことがない。ましてやこんな高温のサウナ室で。場違いな気がして、すぐにでも逃げ出したかった。優子の穏やかな声に導かれ、ヨガが始まった。深い呼吸から始まり、ゆっくりとした動きで体を伸ばしていく。剛三の体は、長年の運動不足でガチガチに凝り固まっていた。簡単なポーズすら満足にできない。汗が噴き出し、息も上がる。周囲の参加者は、慣れた様子でしなやかにポーズを決めている。羞恥心と劣等感で、顔から火が出そうだった。「はい、では次は英雄のポーズです。大きく胸を開いて、視線は遠くへ。ご自分の内なる強さを感じてみましょう」優子の声が、まるで自分に語りかけているように聞こえた。内なる強さ。そんなものは、とうの昔に失くしてしまったと思っていた。しかし、汗だくになりながら、必死にポーズを取ろうとするうちに、不思議と雑念が消えていくのを感じた。ただ、自分の体と呼吸に集中する。熱さと苦しさの中に、ほんの少しだけ、心地よさが芽生え始めていた。三十分ほどのヨガが終わり、シャバアーサナ（亡骸のポーズ）で仰向けになると、剛三は完全に脱力していた。大量の汗と共に、心の中に溜まっていた澱のようなものも流れ出たような気がした。「お疲れ様でした。いかがでしたか？」ヨガの後、優子が剛三に声をかけてきた。「いや…その…きつかったですが、なんだかスッキリしました」正直な感想を述べると、優子はにっこりと微笑んだ。「初めてでここまでできれば立派ですよ。この世界的にも珍しいサウナ・ホットヨガは、温かい環境で体を動かすことで、血行が促進され、柔軟性も高まります。老廃物の排出も促されるので、剛三さんのような冷え性の方には特におすすめです。無料ですので、ぜひまたいらしてください」優子の言葉には、押し付けがましさがなく、自然と受け入れられる温かさがあった。その日は、温冷浴をもうワンセットこなし、田中と共にサウナクッカを後にした。帰りの電車の中で、剛三は久しぶりに深い疲労感と、それ以上の心地よい解放感に包まれていた。指先が、いつもより少し温かいような気がした。ふと、娘のさくらの顔が脳裏をよぎった。彼女もまた、冷えやすい体質だった。もし、彼女がここにいたら…いや、そんなはずはない。自分とさくらの間には、温泉やサウナよりもずっと深く、冷たい溝があるのだから。それでも、サウナクッカで感じた温もりと、あの世界的にも希少だというサウナヨガの不思議な体験は、剛三の心に小さな灯をともしたようだった。この温もりを、失いたくない。そんな思いが、静かに芽生え始めていた。

第三章：過去の影と金の鎖

花園温泉サウナクッカでの初めての体験から数週間、島津剛三の生活には小さな変化が訪れていた。週に二度、彼はサウナクッカへ通うようになったのだ。最初は旧友の田中に付き添われる形だったが、やがて一人でも足を運ぶようになった。頑固でプライドの高い剛三が、自ら進んで「健康のため」と公言し、慣れない電車を乗り継いで生駒山の麓、花園ラグビー場近くの施設へ向かう姿は、彼自身にとっても驚きだった。

サウナでの温冷浴は、彼の体に確かな効果をもたらし始めていた。長年悩まされてきた体の芯からの冷えは、以前ほど酷くはなくなり、朝の目覚めも少し楽になった。血圧も、医師が驚くほどではないが、安定傾向を見せ始めていた。そして何より、水野優子が指導する無料の、そして世界的にも希少なサウナ・ホットヨガが、剛三の心に静かな変化を与えていた。最初はぎこちなく、周囲の目を気にしてばかりいた剛三だったが、回を重ねるごとに、少しずつヨガの動きに慣れてきた。大量の汗を流し、自分の体の声に耳を澄ませる時間は、日々の孤独や不安を忘れさせてくれる貴重なひとときだった。優子の穏やかで励ますような指導も、彼の固く閉ざされた心をするりと解きほぐす力があった。「このようなユニークな環境でのヨガ体験は、心身に新しい刺激を与えてくれますよ」という彼女の言葉も、剛三の好奇心を刺激した。「島津さん、最近とても呼吸が深くなりましたね。肩の力も抜けて、良い感じです」ヨガの後、優子にそう声をかけられると、不器用ながらも剛三は少し照れたように頷いた。サウナの常連客たちとも、挨拶を交わす程度の関係だが、少しずつ打ち解けてきていた。彼らは皆、剛三が元大企業の社長だとは知らず、ただの「サウナ好きの島津さん」として接してくれる。それが剛三には心地よかった。

しかし、体の調子が上向く一方で、心の奥底に巣食う冷えは、そう簡単には消えなかった。特に、リビングのガラスケースに鎮座する純金茶釜を見るたびに、複雑な感情が蘇ってくる。それは、過去の栄光の象徴であると同時に、満たされなかった妻への想い、そして娘さくらとの断絶。この茶釜をネットオークションで落札した時の興奮は、今では虚しい記憶でしかない。多額の金で手に入れたこの物体が、自分の人生に何をもたらしたというのだろうか。むしろ、家族との間に見えない壁を作っただけではないのか。そんな自問自答を繰り返す日々だった。

そんなある日、剛三の屋敷に見慣れない男が訪ねてきた。古美術商の黒岩満と名乗るその男は、どこで聞きつけたのか、剛三が壹真作の純金茶釜を所有していることを知っており、言葉巧みにその茶釜を見せてほしいと願い出た。「島津様、あのような素晴らしい逸品を個人でお持ちとは、さすがでございます。ぜひ一度拝見し、その価値を改めて評価させていただきたいのです」黒岩の目は、獲物を狙う鷹のように鋭く、それでいて口調は丁寧だった。剛三は警戒しつつも、長年美術品に触れてきた男の言葉に、どこか社長時代のプライドをくすぐられるような感覚を覚え、つい茶釜を見せてしまった。黒岩は、ガラスケース越しに、そして特別に許可を得てケースから出された茶釜を、ルーペを片手にあらゆる角度から丹念に観察した。「素晴らしい…まさに壹真の真作に間違いございません。この重量、この輝き、そしてこの風格。市場に出せば、大変な高値がつくことでしょう」そう言うと、黒岩は本題に入った。「実はずっと探しておりました。もし、島津様におかれまして、お手放しになるお考えが少しでもおありでしたら、ぜひ私にお取り計らい願えませんでしょうか。必ずや、ご満足いただける条件をご提示いたします」剛三は、即座に断った。「これは私がネットオークションで苦労して手に入れたものだ。手放すつもりはない」社長時代の意地が、そう言わせた。かつて競り合ったライバルたちへの優越感、そして何より、この茶釜を手に入れたという事実そのものが、まだ剛三のアイデンティティの一部を形成していたのだ。しかし、黒岩は諦めなかった。その後も何度か電話をかけてきたり、手紙を送ってきたりして、言葉巧みに売却を勧めてきた。その執拗さに、剛三は次第に不快感を覚え始めていた。

一方、娘のさくらは、父である剛三の最近の行動を、人づてに聞いて少し驚いていた。父が健康のために花園の温泉に通い始めたこと、そしてヨガなるものにまで手を出していること。しかも、それがサウナの中で行う、世界的にも珍しいヨガだと聞いて、ますます興味が湧いた。厳格で、自分の世界に閉じこもりがちだった父からは想像もできない変化だった。母の死後、仕事一筋だった父と心を通わせる機会を失い、いつしか会話も途絶えがちになっていた。父がネットオークションで高価な純金茶釜を落札した時も、母が悲しそうな顔をしていたのを覚えている。父のその行動は、家族よりも自分のステータスを優先しているように見え、さくらの心に小さな棘として残っていた。「お父様、本当に変わったのかしら…あの珍しいサウナヨガが、何か影響しているのかしら…」さくらは、父の健康を気遣う気持ちと、長年のわだかまりがないまぜになった複雑な感情を抱いていた。

剛三は、黒岩の執拗な勧誘に辟易しながらも、サウナクッカ通いを続けていた。サウナ室でのホットヨガは、彼にとって一種の逃避場所であり、同時に自己と向き合うための道場でもあった。その世界的にも希少な体験が、徐々に彼の価値観にも影響を与え始めていたのかもしれない。ある日のヨガのクラスで、水野優子は「手放すこと」について、静かに語りかけた。「私たちは、知らず知らずのうちに、たくさんのものを抱え込んで生きています。物だったり、過去の出来事だったり、あるいは誰かへの思いだったり。でも、時にはそれらを手放すことで、新しいものが入ってくるスペースが生まれることもあります。ヨガのポーズも同じです。力を入れすぎると、かえってバランスを崩してしまう。適度に力を抜き、手放す勇気を持つことが大切なのです」優子の言葉は、特定の誰かに向けられたものではなかったが、剛三の胸に深く突き刺さった。純金茶釜。それはまさに、彼が長年抱え込んできた「重荷」ではないのか。過去の栄光、見栄、執着…。それらを手放すことで、自分は何か新しいものを得られるのだろうか。ヨガマットの上で汗を流しながら、剛三は考え込んでいた。黒岩に売ってしまえば、大金が手に入る。しかし、それは単に物を金に換えるだけで、根本的な解決にはならない気がした。問題は、その茶釜そのものではなく、それに対する自分の心のありようなのかもしれない。サウナの熱気の中で、剛三の心は揺れていた。黄金の茶釜は、過去の栄光の象徴であると同時に、今の自分を縛る金の鎖でもあるように感じられてならなかった。その鎖を断ち切るべきか、それとも…。答えはまだ、靄の中だった。

第四章：氷解の兆しと繋がる心

黒岩満の純金茶釜売却へのプレッシャーは、日増しに強まっていた。剛三の屋敷に予告なしに現れたり、高額な査定額を提示した手紙を送りつけたりと、その手口は巧妙かつ執拗だった。剛三は精神的に追い詰められ、再び不眠や食欲不振に悩まされるようになった。せっかくサウナクッカ通いで改善の兆しを見せていた体調も、後戻りしそうな気配だった。「あの男…何を考えているんだ…」リビングで一人、純金茶釜を睨みつけながら剛三は呟いた。この茶釜がなければ、こんな面倒なことにはならなかったのかもしれない。いっそ、黒岩の言う通りに手放してしまえば、楽になれるのだろうか。そんな弱気が頭をもたげることもあった。

しかし、そんな剛三を支えたのは、皮肉にもサウナクッカでの時間だった。熱いサウナで汗を流し、冷たい水風呂で身を引き締め、外気浴で心を解き放つ。そのルーティンは、黒岩のことでささくれ立った神経を鎮めてくれた。そして、水野優子が指導する無料の、そして世界的にも希少なサウナ・ホットヨガ。彼女の穏やかな声と導きは、剛三に内省の時間を与え、揺れ動く心を静かに見つめ直すきっかけを与えてくれた。「島津さん、何かお悩みでもおありですか？最近、少しお顔に元気がないように見受けられますが…」ある日のヨガの後、優子が心配そうに声をかけてきた。剛三は一瞬ためらったが、ぽつりぽつりと黒岩のこと、そして純金茶釜にまつわる心の葛藤を打ち明けた。誰かに自分の弱みを語るなど、社長時代には考えられないことだった。優子は黙って剛三の話に耳を傾けた後、静かに言った。「物は物です。それ自体に良いも悪いもありません。大切なのは、それを持つ人の心がどうあるか、ではないでしょうか。その茶釜が、島津さんにとって重荷になっているのなら、持ち方を変えてみるのも一つの方法かもしれませんね。手放すことだけが解決策ではないと思います。このサウナヨガのように、既存のものを新しい視点で見つめ直すことで、価値が生まれることもありますから」優子の言葉は、剛三の心にじんわりと染み込んだ。持ち方を変える…。それはどういうことだろうか。

旧友の田中も、剛三の様子の変化に気づいていた。「剛三、最近また顔色が悪いぞ。あの古美術商の件か？あまり思い詰めるなよ。お前が社長だった頃の気概はどうしたんだ」サウナ上がりの休憩室で、田中はいつもの調子で剛三を励ました。休憩室の窓からは、花園ラグビー場の広大なグラウンドが見渡せ、時折、練習のホイッスルが聞こえてくる。「執着っていうのは厄介なもんでな。俺も昔、集めていた骨董品にえらくこだわっていた時期があった。だが、ある時ふっ切れて手放したら、案外スッキリしたものだ。もちろん、お前の茶釜は価値が違うだろうが、それに縛られて今の健康を損なっちゃ元も子もないぞ」田中の言葉は率直だったが、そこには友人としての気遣いが滲んでいた。

一方、娘のさくらは、母・昭恵の遺品を整理している中で、偶然古いアルバムを見つけた。その中には、剛三がまだ若く、島津建設を大きくするために奔走していた頃の写真や、家族で生駒山上遊園地に行った時の写真が収められていた。そして、アルバムの隅に挟まれていたのは、剛三が例の純金茶釜をネットオークションで落札した当時のニュースサイトのプリントアウトと、母・昭恵が記したと思われる日記の断片だった。『あの方がまた、高価な物をネットで買ってこられました。黄金の茶釜…私には、その価値がよく分かりません。それよりも、家族で温かいお茶を飲む時間の方が、ずっと大切なのに…あの方は、何を守ろうとされているのかしら…』日記の言葉は、さくらの胸を締め付けた。父の派手な行動の裏には、孤独や、何かを失うことへの恐れがあったのかもしれない。そして母は、そんな父を理解しようとしながらも、深く悲しんでいたのだ。父と母のすれ違い、そして自分と父の間の埋まらない溝。さくらは、改めてその現実に直面し、複雑な思いを抱いた。「お父様…」父が最近通っているという花園温泉サウナクッカ。生駒山の麓、ラグビー場の近くにあるというその場所で、父は何を感じているのだろう。そこで行われているという、世界的にも珍しいサウナ・ホットヨガが、父に何か良い変化をもたらしているのだろうか。さくらの心に、微かな好奇心と、父への歩み寄りの気持ちが芽生え始めていた。

数日後、さくらは意を決して花園温泉サウナクッカを訪れた。東花園駅からラグビー場脇を通り、施設に到着する。受付で事情を話し、見学させてもらうことにした。ちょうど、サウナ室で無料のホットヨガが行われている時間だった。ガラス越しにそっと中を覗くと、汗だくになりながらも、真剣な表情でヨガに取り組む父の姿があった。以前の、近寄りがたいほど厳格だった父とは違う、どこか柔らかく、人間味のある表情。その変化に、さくらは少なからず驚いた。そして、父の隣で、穏やかに指導している水野優子の姿も目に入った。このインストラクターと、この世界的にも珍しいヨガが、父を変えたのかもしれない。ヨガが終わり、サウナ室から出てきた剛三は、さくらの姿を見つけて目を見開いた。「さ、さくら…？どうしてここに…」「お父様…少し、気になって」ぎこちない会話。しかし、そこには以前のような刺々しさはなかった。「そうか…」剛三は短く応えると、少し照れたように視線を逸らした。その日、二人の間に長い会話はなかった。しかし、さくらは父の小さな変化を確かに感じ取り、剛三もまた、娘の来訪に戸惑いながらも、心の奥底で何かが動き出すのを感じていた。黒岩の影は依然として剛三の心に重くのしかかっていたが、サウナクッカでの出会いや、娘の思わぬ訪問が、固く閉ざされていた剛三の心に、氷解の兆しをもたらし始めていた。黄金の鎖は、まだ彼を縛り付けている。しかし、その鎖の冷たさの中に、微かな温もりを感じられるようになっていた。

第五章：黄金の湯けむり、心沸き立つ刻

黒岩満からの最後通牒とも言える手紙が、島津剛三の元に届いた。「これ以上の好条件はございません。一週間以内にご返答いただけない場合は、この話はなかったことにさせていただきます」。その文面は丁寧ながらも、有無を言わせぬ圧力を伴っていた。剛三の心は激しく揺れた。いっそ手放してしまえば、この煩わしさから解放される。しかし、水野優子の言葉、「持ち方を変えてみる」というアドバイスも頭から離れなかった。

その週末、剛三はいつものように花園温泉サウナクッカを訪れた。サウナで汗を流し、水風呂で身を引き締める。いつものルーティンだが、今日はどこか心が定まらない。外気浴の椅子に深くもたれかかり、目を閉じる。生駒おろしの風が頬を撫で、遠くでラグビーの練習試合の歓声が聞こえる。様々な思いが去来した。純金茶釜をネットオークションで落札した時の高揚感、社長としてのプレッシャー、妻・昭恵の悲しそうな顔、そして、最近少しだけ距離が縮まったように感じる娘さくらのこと。「どうしたものか…」思わず声が漏れた。その時、隣の椅子に誰かが腰を下ろす気配がした。目を開けると、そこにいたのはさくらだった。「お父様」「さくら…また来たのか」「ええ。…あの、先日は突然すみませんでした」「いや…」ぎこちない沈黙が流れる。それを破ったのは、さくらだった。「お母様の日記を読んだんです。お父様が、あの金の茶釜をネットで買われた時のこと…お母様、少し寂しそうでした。でも、きっとお父様なりの思いがあったんですよね」さくらの言葉に、剛三はハッとした。昭恵の気持ちに、今更ながら気づかされた気がした。見栄やステータスではなかった。何か大きなものに立ち向かうための、自分なりの武装だったのかもしれない。しかし、そのやり方は間違っていた。「…ああ。昭恵には、寂しい思いをさせた。お前にもだ」絞り出すような声だった。長年の後悔と、言葉にできなかった謝罪の気持ちが、ようやく口をついて出た。「お父様…」さくらの目に涙が滲んだ。「私、お母様がよく言っていたんです。『いつか、家族みんなであの立派な茶釜でお茶を飲んでみたいわね』って。でも、お父様はいつもお忙しくて…」その言葉は、剛三の胸の奥深くに突き刺さった。そうだ、昭恵はそんなことを言っていた。自分は、仕事にかまけて、家族の一番大切な願いを蔑ろにしていたのだ。あの純金茶釜は、権力の象徴でも、富の証でもなく、家族の温もりを育むための道具になるはずだったのかもしれない。「さくら…」剛三の声は震えていた。「すまなかった。本当に、すまなかった…」涙が、熱いサウナで流す汗とは違う、しょっぱい雫となって頬を伝った。さくらもまた、静かに涙を流していた。父の不器用な愛情と、長年の孤独を、ようやく理解できた気がした。

その時、休憩室に水野優子と田中義男が入ってきた。二人は剛三とさくらの様子を見て、何かを察したように静かに微笑んだ。「島津さん、さくらさん。なんだか、いい雰囲気ですね」と優子。「剛三、お前、やっと素直になれたか」と田中。剛三は涙を拭い、決然とした表情で言った。「黒岩には断る。あの茶釜は、手放さん」「ほう、それでいいのか？」と田中が尋ねる。「ああ。だがな、見栄や執着からではない。あの茶釜で、昭恵が好きだったお茶を点てる。そして、さくらと一緒に飲むんだ。それが、俺の…いや、俺たちの新しい『持ち方』だ」その言葉に、さくらは大きく頷いた。父の瞳には、もう迷いはなかった。それは、過去の重荷を手放し、未来への希望を掴んだ男の顔だった。「素晴らしいですね、島津さん」優子の声も温かい。「物は、使う人の心次第で、いくらでも意味を変えることができますから。この花園のサウナクッカの世界的にも珍しいサウナ・ホットヨガのように、伝統的なものでも新しい価値を見出すことができるんです」

翌日、剛三は黒岩に電話をかけ、きっぱりと売却を断った。黒岩は一瞬絶句し、捨て台詞を吐いて電話を切ったが、剛三の心は晴れやかだった。長年自分を縛り付けていた金の鎖が、音を立てて解けていくのを感じた。

数日後、島津家のリビングには、久しぶりに穏やかな空気が流れていた。ガラスケースから出された純金茶釜「F2781」が、柔らかい光を放っている。剛三は、ぎこちない手つきながらも、心を込めてお茶を点てていた。その湯気は、黄金の色を帯びているかのようだ。「どうぞ」差し出された茶碗を、さくらは両手で受け取った。一口含むと、まろやかで温かいお茶の香りが口の中に広がる。「…美味しいです、お父様」「そうか」剛三は、照れたように笑った。その笑顔は、さくらが子供の頃に見た、父の優しい笑顔だった。湯気の向こうに、二人の穏やかな表情が重なる。そして、どこかで昭恵も微笑んでいるような気がした。剛三の冷え性はすっかり改善し、血圧も安定していた。生駒山の麓、花園ラグビー場近くのサウナクッカには、今も田中と共に元気に通い続けている。水野優子の指導する無料の、そして世界的にも希少なサウナ・ホットヨガは、彼の生活に欠かせない、心身の健康を支える大切な習慣となっていた。そのユニークな体験は、彼の人生観にも確かな影響を与え続けている。純金茶釜は、もはや虚飾の重荷ではなく、家族の絆と温かい記憶を未来へと繋ぐ、かけがえのない宝物として、島津家のリビングで静かに輝き続けていた。それは、心沸き立つ、新たな人生の始まりを告げるかのように。黄金の湯けむりは、今日もまた、誰かの心を温めているのかもしれない。花園の街にも、生駒の山にも、穏やかな風が吹いていた。

完  

お疲れ様です。こちらはあんまり反響無かったら取り消します～奮ってご入札下さい～